ノスタルジー千夜一夜

失敗と後悔と懺悔の記録(草野徹平日記)

第36夜 石鎚山(汚水で作るおいしいコーヒー)・・・古いガイドマップに騙されて

「空腹は、最高の調味料だ」と、誰かが言った。
私が最高にうまいコーヒーを飲んだのは、石鎚山の岩場でだった。

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1985年の夏休み、私が勤務する高校の探検部は、四国の石鎚登山を計画した。
私を含めた4名は誰も石鎚に登った者はおらず、初めての挑戦となる。
入手した地図には複数の登山ルートが書いてあったが、私たちは沢沿いのルートを選んだ。
「水が近くなら少しは涼しいだろう」
という軟弱な理由からだ。

 

一般に沢登りは難しいと言われるが、ガイドマップには

「きちんとした足場が整備されている」と書いてある。
私たちは意気揚々と出発した。

 

しかし、実際の登山道の様子はガイドマップと全く違った。
ルート上の難所に設けられた木製の足場の大半は朽ちており、難所を迂回することはできなかった。
河原は大きな岩だらけで、岩の上り下りに苦労した。
実際の標高の倍ほども上り下りしながら登ったろうか。

また、アブにも悩まされた。

大きいアブが大量に河原にいて、人めがけて群がってくる。

たかられると、チクチクと痛かった。

そんなこともあり、疲れ果て「もう駄目です。」と音を上げる生徒が出始めたので、荷物を減らすことにした。

 

ガイドマップの地図によれば、結構標高の高い位置に水場が有る。
「こんなところに水場が有るとは不思議な山だ」
とは思ったがガイドマップを疑わなかった。
全員の持つ水の8割ほどを捨てて荷を軽くし、必要な水は水場で補充することにした。

 

しかし岩ばかりの風景になっても、水場に着かない。
「本当に水場が有るんだろうか?」
不安になりながらも、進むしかなかった。
そしてやっとたどり着いた水場に、水は無かった。

 

そこに有ったのは、雨水を貯めるコンクリート製の小さな水槽で、梅雨も終わった今は空だった。
手持ちの水も飲み干し、喉がカラカラとなっていた私たちは力を無くした。

 

「どうしよう・・・」

このままでは、頂上どころではない。

その時、近くにある簡易便所の手洗い鉢が目に入った。
皿の底には少量の水がたまっており、死んだ蛾が浮いている。
少し迷ったが、他に選択肢はなかった。

 

リュックからコーヒーフィルターをとり出し、手洗い鉢の底からすくった水を濾した。
濾しても少し濁った色をしていたが、そのままコンロにかけて沸かした。
山で唯一のぜいたく品として持参した、粗挽きのコーヒー豆をドリッパーにセットすると、その濁ったお湯を注いだ。

 

柔らかな香りが漂いだした。
コーヒーが出来上がる前までは
「そんなもの飲みたくない」と言っていた生徒達も、喉の渇きに耐えかねたのか
私のいれたコーヒーを一口ずつ飲んだ。
コーヒーの香りと滴る水分は、全身に染みわたるような美味さだった。

 

この登山以降、私はガイドマップなるものを信用しない。

 

(追記)
頂上に到着すると、修験道霊場でもある石鎚山は多くの観光客で賑わっていた。
宿泊所には水や食料が麓からヘリコプターで荷上げされていたので、「水を売ってください」と交渉しに行った。
だが「宿泊客用のもので、売れない」と断られた。
それでも、私たちを可哀想に思ったのか、貴重な水を無料で少しだけ分けてくれた。
その夜炊いたご飯は、水が足りないためやや固かったが、とてもうまかった。