ノスタルジー千夜一夜

失敗と後悔と懺悔の記録(草野徹平日記)

第31夜 結婚(その 天国と地獄)・・・スピーチに込められた真理

スピーチは難しい。
時々、自分の意図と違う受け止め方をされる事が有る。

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十年ほど前、息子が結婚した。
息子から、式の最後で親族代表の挨拶をしてくれと頼まれた。
私は1~2分の挨拶くらいすぐにできると思い、原稿も作らずにいたら、あっという間に式当日を迎えた。

 

当日、会場の進行役との打ち合わせの合間に文章を考えたが、なかなかまとまらない。
「披露宴の最中は時間が有るから、その時に書こう」と、いつもの先送りの悪い癖が出た。
だが披露宴の時は挨拶回りに追われ、スピーチは未完成のまま披露宴の大詰めを迎えた。

 

静かな曲が流れ出し、会場の照明が暗くなる。
並んだ私達四人の親と新郎新婦にはスポットがあてられた。
ポケットから書きかけの原稿を取り出したが、スポットライトの逆光線で読みづらい。
私は原稿に頼るのを諦めた。
とにかく、参列者に礼だけは言おうと思い口を開いた。

 

「本日はお忙しい中、たくさんの方々に参列いただき、ありがとうございました。
 皆さん達に囲まれ、新郎新婦は本当に幸せものです。」

 

ホテルで行われる息子の豪華な結婚式を見ていて、私はなぜか自分の結婚式の事が思い出された。

労働会館の小さな部屋で親族を中心とした会食をした後、大部屋で親しい友人たちと3000円会費の披露宴をした。
質素な会だったが、とても幸せだった。
当時の幸せな気持ちを思い出しながら、スピーチを続けた。

 

「思い起こせば三十年ほど前に、私達もささやかですが結婚式を開き、多くの方々に囲まれて幸せでした。結婚式の時が一番幸せでした。」

その瞬間、静かだった会場が爆笑した。
酔っている私には、なぜみんなが笑ったのかわからなかった。

 

「二人はこれからの人生で、厳しい現実に直面する事もあるかと思いますが、是非皆さんのご支援をお願いします。」
会場はさらに大きな笑いに包まれ、本来は涙を誘うはずだった新郎の挨拶でも、みんなは笑顔のままだった。

 

私のスピーチは、どうやら結婚生活の真理を衝いていたようだ。

 

(追記)
閉式後、会場の外で参列者を見送りに立つと、多くの人からスピーチに共感したと声をかけられた。
ただ一人だけ、「私の場合は、結婚式の一週間前が一番幸せでした」という人がいた。