ノスタルジー千夜一夜

失敗と後悔と懺悔の記録(草野徹平日記)

第30夜 死に至る点滴(触れてはいけないもの)

私は小さい頃から落ち着きがなく、「触ってはだめ!」と言われたものも、つい触ってしまう。

そして、人は幾つになっても変わらない。

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初めて入院したとき、毎日何本も点滴をした。
点滴が終わるとナースコールのボタンを押す。
すると看護師さんがすぐにやってきて点滴を外してくれる。
点滴を始める際も、看護師さんは時計を見ながら滴下する液数を数え、流量を微妙に調整していく。
たまにチューブにエアー(気泡)が入ると、チューブの接続を一旦外してエアーを抜いてくれた。
看護師という仕事は実に大変な仕事だと感じた。

 

何本も点滴をしていると、私もだんだんに慣れてきて、点滴を外す手順や正しい流量も大体わかるようになってきた。
私は忙しい看護師を呼ぶのが気の毒で、点滴の流量が早かったり遅かったりしたときには、自分で流量調節弁をスライドさせて正しい(?)流量に調整するようにした。

 

ある日、看護師がセットした点滴を見ると、幾つもの気泡がチューブの中を移動していることに気づいた。
このままでは気泡は確実に血管に入る。
以前サスペンスドラマで、人間の血管に空気を注入すれば血管が詰まり死んでしまうというのを見た記憶がある。
私は急いでナースコールを押したが、看護師は来なかった。
いつも見ているのでチューブの付け外しくらい自分でできると思い、看護師と同じようにやってみると見事にエアーは抜けた。
それ以降、エアー抜きも自分でやることにした。
ただ、看護師に言えば叱られると思ったので内緒にした。

 

ところが、何回目かのエアー抜き作業中に、私はミスをしてしまった。
小さな気泡を抜こうとしてチューブを外した際に、腕につながっている側のチューブに大きな気泡を入れてしまい、うまく抜くことができなかった。
「まずい!」
私は慌てた。
「このままでは死ぬ!」
私は必死でナースコールのボタンを押したが、その日はなかなか来なかった。

 

大きな気泡はどんどん私の腕に向かってくる。
私は覚悟を決めた。
「命を守るためには仕方ない。腕に刺してある点滴の針を抜こう!」
針を固定しているテープを外しかけた時、看護師がやってきた。
看護師は、私がテープを外しているのを見てびっくりした。
私は大きな気泡がもうすぐ腕の中に入ると必死で説明し、このままでは死んでしまうと訴えた。
だが看護師は少しも慌てる様子はなく、手際よく気泡を追い出してくれた。

 

「少々気泡が入ったくらいでは、大したことはありません。今後、点滴には触らないようにしてください!」
と、厳しく言い置いていった。

 

後で聞いたが、人を殺すためにはかなりの量の空気を血管に注入しなければならないらしい。
やはり、サスペンスドラマは当てにならない。