ノスタルジー千夜一夜

失敗と後悔と懺悔の記録(草野徹平日記)

第9夜 恐怖のケイチツ炎・・・不純な動機で入院した私

名前をつける際には慎重さが必要だ。
病名も、ネット上のニックネームも。
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「大腸のケイチツ炎が疑われます。すぐに入院して下さい。」
 『えー! 入院は困ります。通院でどうにかなりませんか?』          
「このままでは危険です!」
医者は深刻な表情で私に言い渡した。
啓蟄炎(?)という、立春に聞く様な訳のわからない病気も心配だったが、とにかく入院を免れることに私は必死だった。


八月も末、やがて学校は二学期が始まるという週末の夜、私はひどい腹痛に見舞われた。
我慢したが朝になっても腹痛は一向に収まらず、日曜なので救急病院に来ていた。
検査のあと、診察した女医は私に入院を告げた。
しかし、仕事が山積みだった私は焦り、通院による治療をしつこく懇願した。
すると、医者は言うことを聞かない私に困ったのか、もう一人医者を呼んだ。
最初の医者も若い女性だったが、二人目の医者も茶髪でロングヘアーの若い女性だった。
この救急病院は若い医者が多いとは思っていたが、女医も多いのかと驚いた。
よく見ると二人ともそこそこの美人だ。
二人の美女を前にして、私はたじろいだ。


二人は、大腸にケイチツ(?)が出来て炎症を起こしていること、近くの虫垂もその影響で炎症を起こしているらしいことを説明し始めた。
どうやら、入院はやむを得ない様子だ。
私は未だかつて入院なるものをしたことがない。
テレビドラマの入院シーンでは、担当医が毎日回診にきて容態を確認しているが、自分もそうなるのだろうか。
こんな美人の女医さんや、看護婦さんに毎日診てもらえるならそれも悪くないかなと、かたくなだった気持ちは次第に緩んでいった。


『分かりました。それじゃあ、家に戻って入院の支度をしてきます。』
「帰るなんてとんでもない。即刻入院です!」
医者の手配で車いすが用意され、有無を言わさず私は乗せられた。


病室は7階にある、外の眺めの良い四人部屋だった。
入室後すぐに点滴が始まり、安静を命じられたのでおとなしく寝ているしかない。
夕刻、最初に診察した女医さんがやってきて、担当医になった事と当面は絶食が続く事を伝えて帰っていった。
私はどっちかというとロングヘアーの方が良かったなと、よこしまなことを考えながら入院初日を終えた。


翌日の月曜は忙しかった。
何人もの同僚に電話やメールで今後の仕事の段取りを相談した。
「えーっ 入院!」
 と皆一様にびっくりするが、その後の反応は様々だ。
「お大事に」
 と心配するものもいれば、
「夏休みの延長とは良い身分だな。早く出てこいよ。」
 と激励(?)してくれるものもいる。
病名が啓蟄炎(?)などと耳慣れないもののために、事の軽重がつかめない事もあるのだろう。


仕事の連絡が一段落すると、趣味で参加している男声合唱団のネット掲示板にも書き込んだ。
「ケイチツ炎で入院したので、今週の練習を休みます。マスター」
 (マスターは、私の名前をもじったペンネームだ)
早速、掲示板上ではケイチツ炎についての質問が出たが、変わった名前の由来を私は知らず、返信できなかった。
担当の女医さんに聞いてみようと思ったがその日は姿を見せず、私は空腹を抱えたまま眠りについた。


しかし、期待した女医さんは初日以降全く来なかった。
代わって毎日様子を見に来たのは、体格の良い男性の看護師だ。
私は、何か騙された様な気がした。
ただ看護師としての彼は優秀で、病気についていろいろ教えてくれた。
私が「ケイチツ」と聞いたのは間違いで、正しくは「ケイシツ(憩室)」だった。
大腸の膨らんだ部分を指すらしい。
私はあちこちに、「ケイチツ炎で入院します」と連絡しまくっていたが、今更訂正するのも面倒なのでそのままとした。


ところで、私の参加する男声合唱団には、もう一人「マスター」がいる。
名前はKと言うのだが、居酒屋を経営しており、店で飲むときはみんなが彼を「マスター」と呼んでいる。
掲示板開設当初、私は自分が「マスター」と名乗る際、彼とのかぶりを心配した。
しかし彼はネットに疎く、全く書き込むことはなかったので、安心してマスターを名乗っていた。


私が入院して数日後、団員の一人がマスターの店に飲みに行った。
彼は店にマスターが立っているのを見て驚いた。
「マスター、ケイチツ炎で入院したんじゃないの? 掲示板に書いてあったけど。」
 (彼はマスターを名乗っているのが私だとは知らなかったらしい。)
掲示板? 携帯も使えない俺がそんなもんに書くわけないだろう。
 大体、軽膣炎て何だ。俺に膣は無いぞ!』


後日その話を聞いた私は、病名を訂正しなかったことを後悔した。
名前は重要なもののようだ・・・

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医者になりたいと思った事もあったが、なれなかった。

しかし、もし医者になれたとしても、間違いなくヤブ医者だったろう。

患者を殺さなくて良かった。

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