ノスタルジー千夜一夜

失敗と後悔と懺悔の記録(草野徹平日記)

第35夜 飛行機雲の向こう(叶わぬ夢)・・・父と見送った飛行機

飛行機は金属的なジェット音と共に加速し、目の前で離陸していく。
そして腹に響く低い轟音を残して、遠くへと消えていった。
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高3の夏、私は航空大学校を受験するため宮崎に向かった。
まだ受験する大学を最終決定してはおらず、航空大学校の受験は、模擬試験代わりの半ば冷やかしだった。

 

当時の航空大学校の受験には、裸眼視力などの肉体的条件が有り、学力以外に体力・適性などの試験が三次にわたって実施されていた。
たまたま私は視力は良く体力にも自信が有ったので、
「もし、合格したら行ってみようかな? 航空大学校にはスチュワーデスもいるのかな?」と妄想をふくらませていた。

 

だが、私には大きな弱点が有った。
パイロットには英語力が求められるが、私は英語が不得意だった。
横文字は小学校のローマ字の時から苦手だ。

 

試験当日、数学はとても簡単な問題が出た。
それに比べて英語は問題量も多く、かなりの長文もあった。
私も高校入学以降多少は英語に力を入れていたが、この長文にはどうしてもわからない単語が有った。
しかもその文章の鍵を握っていた。
kiteという単語を私は初めて見た。

 

「キテ? キティ? 人名かなあ?」
その前後の分かる単語をつなぎ合わせて想像すると、どうやら空を飛ぶものらしい。
「カイト?・・・ 凧だ!」
謎が解けてほっとしたが、何問も解かないうちに試験は終わった。
結果は予想通り不合格で、冷やかし受験とはいえ微かに抱いていたパイロットへの夢は破れた。

 

最初に飛行機を間近で見たのは小学生の時だ。

父に連れられて熊本市内にあった狭い飛行場に行った。
ターミナルビルの屋上から見ていると、遠くから小型のプロペラ機がよたよたとやってきて、ふわりと着陸した。
「あれはフレンドシップ機だ。」と父は説明してくれた。

 

父の学歴は旧制中学校中退だ。
成績は結構良かったが、家計が苦しくて中退したと祖母から聞いた。
多くの級友は卒業したのに、父は中退して小さな農家を継いだ。
きっと父にも夢はあっただろうにと思う。

 

50年ほど前に、飛行場は私の家の近くに移転してきた。
今度は長い滑走路を持ち、大型機が離着陸するようになった。
滑走路脇にある道路は自由に車を停めることができ、いつも見物客でにぎわっている。
私も父に連れられて一度見に行った。
轟音と共に離陸する姿は、一種のショーだ。
飛んでいく飛行機を見送る父を眺めながら、

「父はひょっとして、飛行機乗りになりたかったのだろうか?」と思った。

 

父は農業の傍ら砂利の採取・運搬業を始め、やがて小さな建設会社を営むようになった。

その後好不況の波に苦労しながらも、私達を育ててくれた。

 

晩年になってからは病院や介護施設への入退院を繰り返し、家にいることはあまりなかった。
父はいつも家に帰りたがっていた。
認知症が進み、「迎えに来てくれ」と病院から電話をかけてくる事が何回もあった。

 

時々、週末に日帰りで自宅に連れ帰った。
朝自宅に連れ帰り、昼食を食べて昼下がりには施設へ戻る。
「施設に戻りたくない。このまま家にいたい」と言う日もあった。
その度に「飛行場へ飛行機を見に行こう」といって車に乗せた。

 

滑走路の近くに車を停め、飛行機の離陸を二人で窓から見送った。
飛行機の姿が遠く見えなくなると、「行こうか」と私が言って車を出す。
父は何も言わずに黙って従った。

 

あれほど家に帰りたがっていた父を、私は病院で死なせてしまった。
家で介護する余裕がなく、仕方ない選択だった。
だが、飛行機を見送る父の淋しげな姿を思い出すたびに、後悔が募る。

 

父が亡くなって暫くは、よく一人で飛行場に行った。
轟音とともに飛立つ飛行機を見送ると、何か父が傍らにいるような気がした。

 

しばらくは飛行場に行くことも無かった私だったが、最近になってまた飛行場に行くことが増えた。
一歳半になる孫の子守りをよく頼まれるが、この子がなかなか寝てくれない。
仕方なくドライブに連れ出す。
一度飛行機の離陸を見せたら、とても喜んだ。
そして帰りの車内ではすぐに寝付いた。
それ以来、飛行機を見せに行くのが日課となっている。

 

飛立った飛行機が遠くになっても、孫は私に抱かれたままずっと飛行機を見つめている。

8年前に父と眺めた飛行機を、今孫と眺めている不思議を感じる。

ひょっとして十数年後、自分で歩くこともできなくなった私は、また誰かと一緒に飛行機を見ているのだろうか。

孫の顔を見ながら、そんなことを考えた。

 

(追記)

何年も前、叶わなかったパイロットの夢をゲームの中で果たそうと、私はパソコン用のフライトシュミレータを手に入れました。

しかし何回やっても着陸に失敗し、全て「墜落」でした。
多分性格的に、操縦には向いていないのでしょう。
パイロットになって人を殺さないでよかった・・・

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