ノスタルジー千夜一夜

失敗と後悔と懺悔の記録(草野徹平日記)

別冊⑯(家族編)父のくれた手袋

父は数年前に亡くなった。
酒好きだった父のために仏壇に酒を供え、父といろんな話をする。

生前、父と私は会話の少ない親子だった。

亡くなってからの方が、会話が増えたかも知れない。
今、とても父に会いたい。

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「寒うなかか?」
運転席の父が、バタバタと響く排気音に負けないくらいの大声で叫んだ。
「寒うなか」と答えたが、5歳の私は半分べそをかいていた。
父の運転するオート三輪は砂利の積み下ろしに手間取り、帰りが予定より遅くなっていた。
陽が沈んだ冬の山道は急に寒さを増し、ドアガラスも無い運転席には冷たい風が吹き込んでくる。
激しい振動で助手席に座った私の体は上下に弾み、金属の手すりに必死でしがみついていたが、その手も冷え切って次第に感覚が無くなりつつあった。


やっと山を下りきった時、あたりはすでに真っ暗だった。
私は早く家に帰りたかったが、父は通り沿いの食堂の前に車を停め、「入るぞ」と先に入ってしまった。
私は仕方なくついていった。

ガラス戸の中は、暖かで活気に溢れていた。
父は焼酎を頼み、私にもおでんを取ってくれた。
外食など経験した事がない私は、おそるおそる箸をつけた。
温かい料理を口に含むと、冷え切った体が融けていくのを感じた。


ひと心地つくと、再び父の運転で帰路についた。
当時は車も少なく、飲酒運転の基準も非常に緩やかな時代だった。
途中で父が急に車を停めた。
小さな雑貨屋に入っていくと、やがて何かを手にして店から出てきた。
「はめろ」と私に投げてよこしたのは、子供用の手袋だった。
私はびっくりした。
それまで、盆・正月以外にものを買ってもらった事などなかった。
毛糸の手袋は少し大きかったが、とても暖かった。


家では、帰りの遅い私たちを母と祖母が心配して待っていた。
私は祖母に駆け寄ると今日一日の出来事を一心に話し、父からもらった手袋を見せた。
祖母は「良かったねえ。」と微笑んだ。


その日は、父との初めてのドライブだった。
兼業農家の父はいつも忙しく、子どもの相手はしてくれない。
父は無口だが怒ると怖かったので、私は何となく距離を置いていた。
そんな父が「一緒にトラックに乗るか?」と言ってきたのは、たまには子どもを喜ばせようと考えたのだろう。

だが冬空に寒い思いをさせてしまい、手袋は私に対しての精一杯の詫びだったのかも知れない。

 

その夜、私は大切な手袋を持って布団に入った。
鼻に押し当てると、毛糸の優しい香りがした。

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(注)

この書き込みは「第16夜 手袋」をリライトしたものです。